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<85> 小檜山博 著 『出刃』
『出刃』小檜山博 著

『出刃』
小檜山博 著
 構想社 刊
 1976年11月発行
 本体 1,300円
ISBN4-87574-068-9

 
◎出刃が象徴する力強い精神性

 小檜山博の「出刃」を初めて読んだのは、『北方文芸』の誌上だったと思う。
 その後北方文藝賞を受賞し、芥川候補にもなったこの作品の印象は、当時必ずしも良いものではなかった。
 離農した夫婦。妻に逃げられ、子供を抱え、土方仕事にかよう夫。救いのない人間関係。
 暗く、意識の底に沈んでいくような、この作品の絶望感が、あまりに自分の周辺に充満していたからかもしれない。野間宏の軍隊や、井上光晴の炭鉱にも通底するような、北海道の文学のもつ肉体性や、その暗さに触れすぎて、当時辟易していた気がする。

 あれから30年近くたった今、この作品を読み返してみると、当時とは違った感慨にとらわれる。
 80年代に我々が体験したバブルと、90年代のグローバリズムののち、いまでは空疎なファンタジーや、のっぺりした恋愛小説が書店の棚を埋め、サイコパスや暴力が現実と想像力のいたちごっこを繰り広げる。テレビでは、これまた空疎な情報が再生産されつづける。

 この時代に、「出刃」の主人公が、ラストシーンで研ぐ出刃は、なぜか力強い精神性にかがやいている気がしてならない。
 その出刃は、次の瞬間に子供たちに振り下ろされるのかもしれない。それとも主人公の腹を切り裂くのかもしれない。あるいは、子供たちの明日の命をつなぐ食い物を用意するのかもしれない。
 しかしこの出刃は、行き場のないやりきれなさのなかで、豚の腸を切り裂くように、たしかに世界を鋭く裂くにちがいない。
 出刃が象徴する精神性を受容するまで、30年かかったのか、それとも<現在>がそれを受容させたのか。いずれにせよ、ぜひ一読をお勧めする。今年9版が出て、いまだ絶版せず、である。

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