北海道浦河町にある「べてるの家」は、精神(こころ)を病んだ人たちの共同住居である。
そう言ってしまった後に違和感が残るのは、本書を読むと、おそらく「福祉施設」のよくあるイメージとは相当にかけ離れた「べてる」の姿に触れるからであり、そして、わたしたちがいかに精神に障害をもった人たちのリアリティを理解していなかったか、思い知らされるからである。
本書は、TBS「報道特集」のディレクターである著者が取材し、まとめたルポルタージュで、昨年、講談社ノンフィクション賞を受賞した。ジャーナリストとしての著者の目を通した「べてる」によって、わたしたちはその物語に向き合わされ、深く<共振>させられる。
本書を読んでまず驚くのは、「べてる」が日本の常識からすると相当に非常識であることだ。なにしろ彼らは、「治さない医者と治ろうとしない患者」なのである。治療する、社会復帰する、管理するという常識の代わりに、かれらは「ありのままを受け入れる」「そのままでいい」という非常識を選ぶ。
様々に繰り広げられるエピソードは、ただひたすらにすごい。
たとえば「べてる」では三度の飯よりミーティングと呼ばれるほどミーティングが頻繁に行われる。いきつもどりつ非効率的で、支離滅裂になることが多くとも、ミーティングによってものごとの是非をあきらかにするよりも、話し合うことそのものが大切にされている。
「べてる」が地域に受け入れられ、離陸することができたのは、商売をやろうと考え、会社を作ろうとしたことからだった。会社を作って利益をあげるということと、病気で働けなくても誰も切り捨てないという矛盾への挑戦だった。そして「べてる」はいま、誰一人切り捨てることなく、年間1億円を売り上げる会社に成長している。
しかしそうなるまで、そうなってからも「べてる」は、悩み、苦しみ、痛み、絶望の宝庫である。そして生きることの力とは、そのような悩み、苦しみ、痛み、絶望をそのまま受け入れ、納得することではないのか、とわたしたちは教えられる。問題があった方が、絶望に直面した方が、わたしたちは豊かに生きられるのである。
<付記>
本書をはじめ、昨年来、べてるの本がずいぶん出されている。『べてるの家の「非」援助論』(べてるの家著/医学書院刊)、『とても普通の人たち』(四宮鉄男著/北海道新聞社刊)、『変革は弱いところ、小さいところ、遠いところから』(清水義晴著/太郎次郎社刊)、そしてこの3月には横川和夫の『降りていく生き方』(太郎次郎社刊)が上梓される。関心のある方は、ぜひこちらもお読みになってほしい。 |
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| 100 |
佐藤正午 著
『象を洗う』 |
| 099 |
永倉新八 著
『新撰組顛末記』 |
| 098 |
村上 龍 著
『希望の国のエクソダス』 |
| 097 |
石川啄木 著
『啄木歌集』 |
| 096 |
小林英樹 著
『色彩浴』 |
| 095 |
三國清三 著
『料理の哲学』 |
| 094 |
斉藤征義 著
『宇宙船売却』 |
| 093 |
きらん出版会 編・刊
『きらん 魅惑の室蘭・胆振ガイド』 |
| 092 |
井内佳津恵 著
『田上義也と札幌モダニズム』 |
| 091 |
村上春樹 著
『羊をめぐる冒険』上・下 |
| 090 |
『faura』 |
| 089 |
新穂栄蔵 著
『ストーブ博物館』 |
| 088 |
司馬遼太郎 著
『街道をゆく38 オホーツク街道』 |
| 087 |
『北海道かるた 方言編』 |
| 086 |
池澤夏樹 著
『静かな大地』 |
| 085 |
小檜山博 著
『出刃』 |
| 084 |
大崎善生 著
『聖の青春』 |
| 083 |
『女性史研究ほっかいどう』 |
| 082 |
松原 仁 著
『鉄腕アトムは実現できるか?』 |
| 081 |
沢木耕太郎 著
『沢木耕太郎ノンフィクション4 オン・ザ・ボーダー』 |
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