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連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第11回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■081『計算しつくした果てに、ぶち壊す』

藤原瞬さん(57)=アーティスト、芦別市出身、石狩市在住

 ―どういった作品をお創りですか。
 今は絵が多いけど、造形もやるしパフォーマンスをしていたこともあった。
 ―作品は、どんなふうに生まれるんですか。
 事前に「こういうふうに持っていく」という計算はするんだ。自分の今までの経験、言葉にならない蓄積されたテクニックなんかを徹底的にデータ化するの。でも制作に入ったら、それを全部忘れる。何もかもぶち壊すんだよね。
 ―せっかく計算したものを、何で壊すんですか?
 メッセージ性が強くなったり、意味ありげになっちゃうから。表現とは、すったもんだしたり、これでもか! と情けなくなりつつも突き進んで格闘し続けた先に身体の中を横切るものなんじゃないかと思ってる。その痕跡は見せないけどね。
 ―お父さんはどんな方なんですか。
 いい男だよ。93歳でひとり暮らしをしている。もう少ししたら一緒に暮らそうかとも思っている。93歳と57歳の男のふたり暮らし。渋いでしょ(笑)。

(楢戸ひかる)

■082『直球勝負の強さが好き!』

名須川祥子さん(30)=充電中、芦別市出身、札幌市在住

 ―充電中ということは、どういうことですか。
 5年近くカウンセリングの仕事をしてきて、今、自分には休息の時間が必要だと思ったんです。同時期に同棲が決まったこともあって、ひと息ついて、プライベートと仕事のバランスがとれた生活の仕方を考えているところです。
 ―同棲についてお父さんの反応は。
 父は放任主義だから同棲が事後報告でも問題なかったけれど、彼を紹介しても初めは全然会話にならなくて……。職人気質の床屋さんで強面(こわおもて)だから、しゃべらないとますます怖いんです。彼はすっごく汗をかいてました。
 ―お父さんも緊張していたんでしょうね。
 多分(笑)。恥ずかしがり屋を隠すのに、ぶっきらぼうに振る舞うところがありますから。父はストレートにものを言うので誤解されたりもするけれど、裏表のないところが好きだという人も多いんです。子どもとか動物とかにも好かれ、飼い主以外なつかない犬も、どういうわけか父にはなつくんです。

(道産ヨネ)

■083『大泉洋は、年下なのに僕と見ているものが一緒だった』

土井巧さん(48)=テレビ局プロデューサー、札幌市出身、札幌市在住

 ―プロデューサーというのはどんなお仕事なんですか。
 映画で言うと、映画監督と出演者をキャスティングしたり、どんなテイストの作品にするか最終判断をする仕事です。どれだけ人をたくさん知っているかが財産だし、重要な仕事ですね。
 ―人とのコミュニケーションが大切なお仕事なんですね。
 父は車のセールス一筋40年。父に似て僕も人が好きなんだと思います。
 ―どういった番組を手がけてこられたんですか。
 「水曜どうでしょう」を立ち上げ、約6年間プロデュースしました。大泉洋に初めて会った時、僕と年齢が全然違うのに見ているものが一緒で。シャボン玉ホリデー、植木等、小坂和也の日劇ウエスタンカーニバルを知っている。「お前、何でそんなもの知ってるんだ?」。変な奴だなぁと思ったものです。

(楢戸ひかる)

■084『もし会えたら、話したい』

三村広人さん(33)=障害者プロレスラー、札幌市出身、札幌市在住

 ―両親不在ってことだけど、小さいころはいたわけでしょ。
 自分が満1歳になる前に、協議離婚。7カ月で障害持ったんだけど(痙直性右片麻痺による歩行不能・右上肢機能全廃、身体障害1種2級)、原因が父親の虐待だった。風呂に水張って、逆さにして投げ込んだりとか。それで母親が自分を引き取ることになって、父親は…、千葉県のどっかに行ったらしい。
 ―母親はその後どうしたの。
 自分が中2の時に死んだ。もやもや病って難病。そのあと叔母に引き取られて、中学出てから岩見沢の寄宿舎つきの高校みたいなとこ行って…。あ、障害者プロレス始めたのは、寄宿舎のテレビで観たプロレスが面白かったからね。
 ―もし父親に会えたらどうする?
 虐待は憶えてないから、どうでもいい。ただ、話はしてみたいよね。今までどんなふうに生きてきたか、何してきたかって、じっくり訊いてみたいと思う。

(小笠原 淳)

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