HOME > 連載【となりの北海道人】『私のお父さん』第44回

連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第44回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■211『何も言わなくても怖かった』

亀畑清隆さん(49)=フォトグラファー(http://earthapple.jp/)、札幌市出身、札幌市在住

 ―昨年出版され好評だった『札幌から行く産直ガイド』。今後はいかがですか?
 これから新訂版が出版されます。
 ―フォトグラファーというのはハードでタフなお仕事だと思いますが、お父さんの影響は?
 自営業で酒屋をやっていたのでまったく関係ないと思います。
―似ていますか?
 口べたなところが似ているかもしれないね。
 ―お父さんの印象は?
 ちっちゃいころは、怖かった。大人になってからもおやじの前でタバコを吸ったこともないし、酒を飲んだこともない。何も言わなくても怖い。威厳なのかな。大人と子どもの世界の違いがはっきりしていたから。
 ―オシャレなお父さんだったとか。
 若いころはダンスホールに行ったり、ハイカラなことをしていたらしい。
 ―すごいと思うことは?
 私もおやじと同じ自営業。子どもを育てて食うものにも困らずやってきたのはすごいと思う。
 ―お父さんの最後について何か。
 おやじを一番幸せだなと思ったのは、死ぬ前に痴呆になり、普段見られなかった笑顔、朗らかな顔を見られたとき。行けば必ずニコニコしていて子どものような感じだった。こちら側から見るとね。
 ―笑顔はあまり見たことはなかったんですか?
 普段はゴルゴ13みたいな感じ。

(杉本真沙彌)

■212『よく飲み、よく働いた親父』

成田執二さん(47)=グラフィック・デザイナー、積丹町出身、札幌市在住

 ─お父さんはどんな人でしたか?
 飲んべな昔のオヤジ。怒鳴るからおっかなくってね。子どものころ、実家に風呂がなかったころ、親父の勤めてる会社の風呂に一緒に行ったりしたんだけど、洗われてる間、もう緊張しちゃって(笑)。手を挙げられたことはなかったけど、おふくろは大変だったと思う。どうして昔のオヤジは暴れるんだろうな?
 ─お父さんは反面教師みたいですね?
 親父は休みの日ったら酒飲んでグダグダしてたからな。オレは、モーグルやったり、ムエタイやったり、キャンプ行ったり、体を動かしてる。でも、親父は漁師の息子だから海で泳いだり潜ったりが得意で、それにはかなわない。あと、手先が器用で何でも作ったりしていたよ。それはオレにも似たところがあるかな。
 ─3人の子どもの父であるご自身から、亡きお父さんを見ると?
 昔の人はよく働いて、家族を養ってたよなぁって思うね。その世代の人たちが今の社会をつくったんだけど、親父はボーナス袋が立つような景気のいい時代に働いていたから。前の世代が培ったものをどう引き継いで、どう子どもに渡せばいいのかと考えちゃうね。

(鶴見裕子)

■213『僕の雑誌好きは読書家の親父の影響かも?』

鈴木邦彦さん(26)=会社員、札幌市出身、札幌市在住

 ─どんなお父さんですか?
 家事などを一切やらない亭主関白タイプ。そして頑固ですね。僕も我が強いほうなので、これは親父譲りなのかもしれないです(笑)。でも、二人いる兄とは歳が離れているので、末っ子の僕には甘かったように思います。
 ─例えば?
 兄が中学・高校のときは門限とかいろいろ厳しかったらしいんですが、僕はそうでもなかったり。小2、3のガキンチョのころは、傘を届けにバス停まで迎えに行った帰りにお菓子を買ってもらえたことに味を占めて、しばらくの間は到着時間に合わせて迎えに行っては、帰り道でお菓子を買ってもらっていましたね。
 ─お父さんは本好きだそうですが、影響を受けたりしました?
 ああ、言われてみれば、読書が日常生活の中にごく自然なかたちであったのかもしれないですね。テレビを見ている親父より本を読んでいる親父の姿のほうが、強く記憶に残っていますから。僕は雑誌が好きで、以前から本の編集に関心があり、専門学校にも通いました。今の会社に転職したのも、この分野に関われると思ったからなんですよ。

(鶴見裕子)

■214『厳しかったのは、あいさつとお礼の手紙』

大町香さん(37)=旅書人(http://earthapple.exblog.jp/)、札幌市出身、札幌市在住

 ―『札幌から行く産直ガイド』新訂版が出るんですね。
 はい、いまは校正の段階です。
 ―旅好きで活動的なのはお父さんの影響ですか?
 キャンプや釣りに連れていってもらいましたから、そうかもしれません。
 ―思い出は?
 3〜5歳くらいのとき、『黒ネコのタンゴ』が流行っていて、お父さんが会社から帰ってくるのを待ち構えて曲をかけていっしょに踊っていました。小・中学生のころも待ち構えては算数や数学の難しい問題を解いてもらいました。すぐ晩酌をするのでその前に引き止めないと(笑)。
 ―お父さんの教育というのは?
 出張のお土産や誕生日プレゼントはすべて本、その他にもほしい本はいくらでも買ってくれましたね。そして、知っている人に会ったら道路の反対側にいても大きな声であいさつしなさい、ものをもらったら「ありがとうございます」と書いて手紙を出しなさいと、厳しく言われました。
 高校生のときから親と離れ、札幌に出てきましたが、札幌の高校に行きたいと、中2からお父さんと闘ってきました。半年分の給料明細を並べられ、「この給料でお前が札幌に行くとなったら、家賃も水道代も一人分、学費・食費が払えると思うのか」と。勉強の成果を挙げて認めてもらいました。申し訳ないなと思って高1のときにアルバイトをして三越で一升瓶2本を買って送りました。3日後に「なくなったからまた送ってくれ」と電話が。そのあと、「ありがとう」と書いたハガキが届きました。

(杉本真沙彌)

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