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連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第43回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■207『授業中、担任の父にビンタされました』

藤岡照也さん(48)=グラフィックデザイナー、芦別市出身、札幌市在住

 ─お父さんが小学校の担任の先生だったとか?
 田舎だったので、小学校は全校児童30人くらいで、クラスは2学年が1学級で学ぶ複式でした。5、6年生のとき、当時教頭だった父がなぜか担任になったんです。
 ─どんな感じでしたか?
 身びいきと言われないためか、私には人一倍厳しくて、授業中にマンガを描いてビンタされて鼻血が出たり……。でも、授業以外で絵を描くことは応援してくれました。学校で廃棄された裏の白い紙をたくさんくれて、「これに描け」と。父は体育と美術が専門だったんですが、私が大学で美術を学ぶようになったら「おまえのほうがうまいから」と、それまで自分で作っていた文集の表紙などの手伝いを頼まれました。なんかうれしかったなぁ。
 ─お父さんは「人に教える仕事」の大先輩でもいらっしゃる。
 13年前に専門学校の講師を引き受けたとき、「先生は面白いぞ〜」ととても喜んでくれて、怒るときの言葉の遣い方とか現場のこずるいテクニックを教えてもらいました(笑)。今も学生を怒った後のフォローなど、父ならどうしていたかなと考えます。5年前に他界した父にはもう聞けませんけどね。

(鶴見裕子)

■208『遊び人のスポーツマン』

沼部知進さん(38)=僧侶、札幌市出身、札幌市在住

 ―僧侶になって15年。お父さんは僧侶になることについては?
 何も言いませんでした、というか何も言わなかったので。子どものすることにとやかく言う親ではありませんでした。
 ―どんなお父さんなのですか?
 会社に勤めていたころは、年がら年中ススキノに行ってました。小さいころは、日曜になると海やスキーに連れて行ってくれました。会社では野球部の監督をやっていて、遊び人のスポーツマン。おやじの友だちから言わせると、おやじは“楽しいやつ”だそうです。いろんな人と会うのが楽しかったんだろうと思います、良く解釈すると(笑)。
 ―けんかをしたことはありますか?
 しましたね、殴り合いのけんか。小学校5、6年のときは、体格も精神的にもおやじが勝っていましたが、中3のときにおやじを殴って、お互いぱっと離れてそれで終わっちゃった。俺が勝ってしまったんですよね。悪いことしたな、と思いました。つい何年か前に、「あのときお前に殴られたのがショックだった。あれでちょっと自信をなくした」と言っていました。向こうは鮮明に覚えているんですよ。

(杉本真沙彌)

■209『歳を取るのは楽しい。そう思わせてくれる父です』

松井近裕さん(60)=うつわと調理器具の店「器専堂」店主、小樽市出身、札幌市在住

 ─器専堂さんは、まるやまいちばの老舗店ですね。
 家庭金物の卸をやっていた父が中央市場に店舗を出すというので、30歳ころに東京での仕事を辞めて帰ってきて、その後独立して自分の店を持ちました。父は92歳の今も現役の会社社長。仕事量は年相応のほどほどですが、5年前に骨折したときは退院したその日にもう出社してましたね。
 ─とってもお元気なのですね!
 7年ほど前に母を亡くしたんですけど、一人暮らしになった父はそれまでやったことのなかった家事一切を自分からやりはじめて、おせち料理を自らつくるほどになりました。きっと好奇心が旺盛なんでしょう。そして、人と会うのが好きだから、社交ダンスにゲートボールに旅行にと忙しい(笑)。うちのカミさんは「歳を取るほどやることが増えていく感じね」と言ってます。自ら機会をつくって外に出ていくところは見習いたい点です。
 ─お父さんと似ているところ、あります?
 まだカタログなんてものがないころ、商品見本を担いで道内を巡った父は、バイタリティがあって旅が好き。去年は友だちと九州や台湾に行ってました。私も若いときに1年間世界を放浪したことがあるんですよ。やりたいことを楽しんでいる父を見ていると、歳を取るのがこわくなくなりますね。

(鶴見裕子)

■210『布団のなかで話してくれた、ちびくんの話』

ちょちょちゃんさん(38)=レストランホールスタッフ、札幌市出身、石狩市在住

 ―ご自宅には動物がたくさんいるそうですね。
 もともといたのは外犬くらい。私が小学生のとき、猫を拾ってきたんです。父がすごく反対して。でも、かわいそうだからって母が内緒で飼ってくれることに……。その夜、母の布団のなかにいた猫を父がふんずけて、猫は自力で便が出せなくなっちゃった。父は責任を感じて、3日に一度くらい便を搾って出してあげていました。それからは、拾ってきても抵抗なく二匹に増え、猫を飼っているという話が広がって玄関フードに子猫が置かれたりしているうちに増えていきました。
 ―お父さんとの思い出は?
 小さいころ、母が1カ月くらい入院し、母の弟の家に預けられたんです。部屋にひとりで寝て父を待っていました。夜9時ころ父が帰ってくると、布団に入ってきて、自分で作った話をして私を寝かしつけてくれました。「ちびくん」という白い犬の話で、お母さんとデパートに行って迷子になって、最後はお母さんと会ってハッピーエンド。なんで覚えているのかっていうと、毎晩同じ話をしていたから。こないだ父が私の下の子どもに話しているのを聞いていたら、「ちびくんがね」って。「まだ話してるのかい」って思いました(笑)。

(杉本真沙彌)

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