HOME > 連載【となりの北海道人】『私のお父さん』第37回

連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第37回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■183『とにかくエネルギッシュな父』

林みちよさん(41)=会社員、釧路市出身、札幌市在住

 ―お忙しいお父さんだったそうですね。
 製麺会社の社長だったんですけど、いつも何か新しいことを考えていて、飛び回っている感じ(笑)。全然家にいなくて、一緒にご飯を食べたこともないくらいでした。おまけに、ゴルフ、釣り、バイク、狩猟と多趣味。山に住みたいからとログハウスを建てて庭造りに没頭したり、本当にいつもエネルギーにあふれていましたね。
 ―脳梗塞で半身まひになられたとか。
 最初は寝たきりで起き上がることもできない状態だったんですが、ものすごい努力で、最終的には一人でトイレに行けるようになりました。リハビリの時間以外も自分でからだを動かして、いっつも筋トレしてましたから(笑)。どこまで回復するかの症例にしたいと、リハビリの先生に注目されたほどです。
 ―お父さんから教えられたことは何ですか?
 「やろうと思えばできないことはない」という姿勢ですね。障がいがあっても大好きなゴルフがしたくて、クラブハウスにスロープを造らせようとしてました。今も生きていたなら、絶対車椅子でグリーンに立っていたと思いますよ(笑)。

(鶴見裕子)

■184『僕と母の、父』

穂積利明さん(44)=美術館学芸員、札幌市出身、札幌市在住

 ―お父さんとの思い出は?
 小1の冬に父が亡くなりました。僕がもの心ついた頃には、父は病気がちの生活をしていました。ですから、僕自身の父についての記憶はあまりないのです。母が語ってくれた父が、僕にとっての父でもあるのです。母は、父をとても大切に思い、また尊敬しています。
 ―お母さんから聞いているお父さん像は?
 40を過ぎてからの初めて子供が僕でした。だから、大名行列でもしそうな勢いで喜んで、かわいがってくれたそうです。父は旧日本軍の憲兵でした。戦後は戦時中とは立場が逆になり、経済的にも、精神的にも、大変な苦労をしたそうです。
 ―お父さんのことをどう思いますか?
 40代の若さで幼い子供を残して亡くなるのは無念だったと思います。亡くなる前、洞爺でリハビリをしていたのですが、僕ら子供たちに会いたいがために、口も利けずお金もないのに運転手に名刺を示して、タクシーで帰ってきたことがありましたね。苦しいことも多かったけれど、生活も安定し、子供ができた40代は父にとって最も幸せなときだったのかもしれません。

(皐月)

■185『分かってもらうことは諦めていました』

安達睦子さん(53)=農作業員、小樽市出身、沖縄県宮古島在住

 ─自分の興味に忠実に、仕事も環境も臆せず変える行動力に驚かされます。
 確かにいろいろやってますね(笑)。東京でアニメの彩色や演出助手、札幌でグラフィック・デザイナー、カンボジアでシニア海外ボランティア、名古屋で介護員、石垣島でホテル従業員とか……。今はマンゴー農園で働いています。行動に移すまで悩みもあるんですけど、傍目には自由奔放に飛び回っているように見えるみたいです。
 ─でも、大正生まれのお父さんは昔気質の人だそうですね。
 女は一人で食べていけない、学問なんか必要ない、と。中高生の時からぶつかってばかりで、大学進学を猛反対されたのを機に家を出てからは疎遠です。その一方で、「自分は親孝行のできない人間なんだ」という罪悪感が心の片隅にあって、望み通りのことをやっているはずなのに、思いきり楽しめない感覚がいつもありました。
 ─時間を経て、その関係に変化は?
 さすがに父も考えたみたいで、10年くらい前に「分かった」と言ってくれました。だからといって関係が良くなったわけではないですが、以前のような恨む気持ちは消えました。歳を取って、もうどうでもよくなっちゃったというのもあるかな(笑)。

(鶴見裕子)

■186『不仲の理由は似すぎているせい?』

重泉正紀さん(34)=グラフィックデザイナー、札幌市出身、札幌市在住

 ―お父さんは様々な仕事を経験されたとか。
 今と違って、おやじが若かった当時は転職ってめずらしかったんじゃないかな。俺が知っている限りでは、自衛隊、電気設備工、不動産関係、自動車学校の先生……。
 ―お父さんとの関係というのは?
 小学生くらいまでは釣りに連れて行ってもらってたんですけど、もの心がついてからはひたすら仲が悪かった。今はそんなことないですけど。農家出身で戦争体験があるから、食べものを粗末にするとちゃぶ台返しとか。おっかなかった。
 ―関係が良くなったきっかけは?
 離れたことですかね。大学が東京だったので、一人暮らしの5年間、おやじと会わなかったんです。その間、友人から注意されたことがあって……。その内容が、俺がおやじに対して思っていたことと一緒だったんです。短気なところ、こうだと思ったらゆずらない、がんこなところとか(笑)。同じだと思ったら、しゃーねーなと。似てるから嫌だったんでしょうね。おやじのように転職もしているし、電話で間違えられるほど声も似てる。生き写しです。

(杉本真沙彌)

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