HOME > 連載【となりの北海道人】『私のお父さん』第29回

連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第29回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■152『苦労しているときほど口に出さない』

山田マサルさん(33)=グラフィックデザイナー、札幌市出身、札幌市在住

 ―お父さんはいくつかの職を経験されているということですが。
 初めに集団就職で横浜の造船会社に、次に夕張に戻り鋳物用の木型を作る仕事を、その後、札幌で建築業をやり、現在は自動車や建築用の塗料を販売する会社を経営しています。景気のあおりを受ける仕事が多かったのでかなり苦労したと思います。今は安定しているようですけどね。
 ―お父さんはどんな方ですか?
 苦労しているときほどそれを口に出しませんね。寡黙だしねばりがある。性格的には私と正反対です(笑)。「過程も大事だけれど結果を出すまではつべこべ言わずにやれ」というようなことを私も妹も言われてきました。他の家よりきびかったんじゃないかな。反発することもあるけれど、苦労しているし人生経験も豊富だし、信頼しています。
 ―ものづくりの仕事が多いですね。
 木に携わる仕事がしたかったんじゃないかな。いずれは自分の家を建てたいと言ってました。物欲がないので、家が欲しいというより建てたいんでしょうね。自分で好きなように建てたいんだと思います。

(杉本真沙彌)

■153『懐かしい師走の小包』

山下姿子さん(49)=主婦、宗谷管内礼文町出身、札幌市在住

 ―晩秋は亡くなったお父さんを思い出すことが多いそうですね。
 私が子どものころ、父は土木関係の仕事をしていて、冬場は東京とか千葉に出稼ぎに行っていたんです。礼文は風が強いから家の周りに板を巡らし、ひと冬分の薪を割って、きちっと積んで出掛けて行きました。
 ―お父さんは礼文のお生まれですか。
 秋田の農家の出です。東京で令嬢と恋仲になったけれど身を引いて北海道に渡り、炭鉱で働いていたら落盤事故があり、怖くなって逃げ出すように礼文に行って漁師になったものの小さい時から漁をしていた人にはかなわないと思い土木の仕事に就いたと、お酒を飲んだときに話していました。
 ―お父さんはいろんな経験をなさったんですね。
 ええ。だから何でも出来たし小まめでした。母が50代で倒れ寝たきりになったんですが、姉も兄たちも私も礼文を出ていたので、亡くなるまでの5年間、父一人で介護してくれました。晩年は仙台の兄と同居して、もっぱら野菜づくり。毎年、父手作りのしめ縄を送ってくれて、それが届くと年末を実感したことを懐かしく思います。

(道産ヨネ)

■154『商売をして気づいた、おやじの血』

川岸正博さん(55)=会社役員、苫小牧市出身、札幌市在住

 ―1992年に銀行を辞めて独立したのは、バブル崩壊後の先行きを読んでのことですか。
 当時、同じことをよく聞かれたけど、まったく違うの。かねがね独立を考えていたところに、オーダー紳士服の代理店をやらないかと声が掛かって、39歳になっていたから、これが最初で最後のチャンスだと思った。40歳過ぎたら新しい商売はできないと思っていたから。
 ―独立してみて感想は。
 いろんな人がいて、いろんな人生がある。世の中はサラリーマン時代の自分がとらえていたものより、ずっと広いことがわかったし、いろんな人に助けられ、以前より人との出会いや縁を大事にするようになった。商売の点では、おやじの“血”をもらってることに気づいたね。
 ―お父さんも何か商売を?
 製紙会社に勤めていたけれど、元は呉服屋で、会社を停年退職してから再び呉服関係の仕事をしていたの。俺をすごく可愛がってくれて、欲しいものは何でも買ってくれた。キャッチボールもよくしたしね。とにかく優しかった。だから俺も自分の子どもに手を上げたことは一度もないよ。おやじの影響なんて受けてないと思ってたけど、肝心なところは、しっかり受け継いでいるもんだね。

(道産ヨネ)

■155『父の言葉、今でも聞こえてくる』

下田修一さん=詩人・著述家、小樽市出身、小樽市在住

 ―映画好きはお父さんの影響だとか。
 父は教師を務める傍ら読書や映画鑑賞を趣味としていました。映画は周囲の人から“通”と認められるほど。父に連れられ僕が最初に観た映画は『白雪姫』。デパートで買い物、映画館、ラーメンを食べ土産に「ぱんじゅう」を買って帰るというのがいつものパターンでした。映画館が立ち見になると、父が肩車をしてくれましたね。
 ―ご自身は映画館にお勤めだった。
 大学在学中に映画好きの友人に出会い、彼の影響でその頃は年に200〜300本観ていました。小樽に戻り映画館に出入りしていると、人員に空きができ私に声がかかったんです。以来、25年間で4つの映画館を渡り歩きました。
 ―『レトロな映画館に連れてって』というエッセイを出版されましたね。
 父が2年前に94歳で亡くなりました。生前「お前、小樽の映画館のことを調べてみたらどうだ」と言ったことがありました。その言葉を思い出し、家族との日々や「単館」で働いていたときのエピソードをまとめました。
 父のその言葉は今でもよく聞こえてくるんです。

(杉本真沙彌)

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