HOME > 連載【となりの北海道人】『私のお父さん』第10回

連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第10回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■077『息子の爪の垢煎じて飲む、と父』

山本光伸さん(65)=翻訳家、東京都武蔵野市出身、石狩管内当別町在住

 ―お父さんが職業軍人だったそうですが。
 終戦まで海軍にいました。30歳代で連合艦隊総司令部付き参謀だったっていうから、相当なもんですよ。のちに私がAFS(民間の交換留学制度)で渡米した際、現地で「真珠湾攻撃をどう思うか」って訊かれて、親父に手紙出したことがあるんです。分厚い封書が返ってきて、「あれを予測できなかったとしたら軍人に値しない」って綴ってある。英訳して学校で読み上げたら、みんな凍りついてましたね。
 ―手紙は、よくやり取りしてたんですか。
  何回かあったと思うけど、憶えてるのはそれを含めて2通。もう1通は、両親が祖母の介護で九州に移転した後の手紙です。私が、父の親孝行は母の人生を犠牲にしている、みたいなことを言ったらしい。それに対して「光伸の爪の垢でも煎じて飲みたい」って。今振り返ると、私こそ親父の爪の垢を煎じて飲まなきゃと思います。子育てについては、親父の方が上手だったから。

(小笠原 淳)

■078『本当の心をもっと見せて!』

ウェンディ・ゲルスタさん(46)=牧師夫人、英国ウエストサセックス州ハソックス村出身、札幌市在住

 ―1989年に宣教師としてご夫婦で来日し、99年、札幌八軒キリスト教会(http://www.h2.dion.ne.jp/~hachiken/)設立に至りましたが、来日当初の感想は。
 言葉、文化、食べ物、全部新しかったから全部面白かったです。みんなフレンドリーで、道がわからなくなったときは、いつも“日本人の天使”が現れて英語で話し掛けてくれました(笑)。最初は日本人の本音と建前がわからなくて疲れましたが、今は少し慣れました。でも、まだ難しいですね(苦笑)。
 ―ご両親は、遠い国に派遣されることについて、心配しませんでしたか。
 両親は私が早くよい結婚をすることを願っていました。それが実現したので、結婚相手が外国人(スイス人)だったことも外国に行くことも問題ではありませんでした(笑)。父は、いつものように「Be sensible!」(よく考えて行動しなさいの意)と言って送り出してくれました。
 ―お父さんの愛情が感じられるエピソードですね。
  父は感情をあまり表さない人ですが、去年、私が父の日に送った手紙に感動したと言ってくれました。年とともに感情に蓋をするのが難しくなり、そのことで私がずっと望んでいた本当の父の心が見えてきた気がします。

(道産ヨネ)

■079『今だからこそ、アドバイスをもらいたい』

能登一幸さん(32)=キャリナビ北海道勤務、札幌市出身、札幌市在住

 ―キャリナビ北海道(http://www.4510navi.com/ )とは何ですか。
 北海道に特化した求人情報サイトです。北海道にIターン、Uターンしたい人は多いんです。でも大手求人サイトは掲載費が高いので、そこに出ているのは大企業。中小企業情報は、大手サイトになかなか掲載されないのが現状で。
 ―そこでもれてしまう情報を拾った。
 そうですね。中小企業ですから認知度も低い。うちのサイトで経営理念など、企業アピールをしっかりした上で、求人募集をして欲しいと思っています。
 ―北海道を元気にしてくれそうな、いいお仕事ですね。
  もちろん仕事ですから悩みや苦しみもあります。亡き父は実直を絵に描いたような人でしたから、やっぱり仕事や社会と戦ってきたと思うんです。そんな時、どう考えたのか?今だからこそ父からアドバイスをもらいたいですね。実家に帰った時、仏壇に手を合わせながら心の中で父と色んな話をしています。

(楢戸ひかる)

■080『足だけでも何もトラブルがなかったら、それだけで幸せでしょ』

木田倫子さん(66)=足と靴の専門店店長、札幌市出身、札幌市在住

 ―店頭に変わった靴がたくさん並んでいますね。
 ドイツの靴「ビルケンシュトック」を中心に、人間の身体にきちんと合った靴を揃えて販売しています。
 ―それはなぜですか。
 42年前、1万円札を1枚持って上京しました。いろんな仕事をした後、貿易会社に勤めていた頃にビルケンの靴に出会いました。この靴の営業をするためには、足や靴のことをもっと知りたいと「シューフィッター制度」の勉強を始めたんです。そして知れば知るほど、ビルケンは“何と理にかなった靴なんだろう”と惚れ込んでしまって(笑)。足だけでも何もトラブルがなかったら、それだけで幸せでしょ。
 ―いつ札幌に戻られたんですか。
  20年前です。最初はマンションの1室で始めた店で、税理士さんに「儲かる採算は?」と聞かれた時に、「きっといいものは伝わるから」と答えた気持ちだけで突っ走ってきました。時計職人だった父は、がむしゃらに仕事をして、それが全く苦になっていなかった。もしかしたら似ているかもしれません。

(楢戸ひかる)

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