HOME > 連載【となりの北海道人】『私のお父さん』第9回

連載【となりの北海道人】『私のお父さん』

第9回

*話すこともあまりなく、聞くことも少ないお父さんの話。でも、お父さんにまつわる話はおもしろいんです。

■073『生き方もお酒の飲み方も父親譲り!?』

押野育子さん(41)=カラーセラピスト、札幌市出身、札幌市在住

 ―カラーセラピーとは、どのようなものですか。
 深層心理を知るツールとしてカラーボトルを使い、その方が選んだボトルの色の意味から、潜在意識や現在の課題、無意識のうちに望んでいる将来像、能力・適性などについてお話をし、ご自分の“心のメッセージ”に気づいていただいたり、気持ちの整理をしていただくお手伝いをするものです。
 ―お父さんもカラーセラピーを受けたことがありますか。
 ありません。セラピーは心が裸になるわけですから、身内は難しいですね(苦笑)。私の問い掛けに対し、父も第三者に話すようなわけにはいかないと思います。でも、ちょっと心を覗いてみたい気はします(笑)。
 ―では娘としてお父さんの心の内を察したときは、どんなときですか。
 父は正義感が強く信念を通すので世渡り上手とはいかないけれど、お酒や歌が好きで、人前で愚痴をこぼさず、家で晩酌するときも黙々と飲んでいるんです。30代後半に自分も父と同じ飲み方をしていることに気づき、父は飲むことでリラックスしストレスを解消していたんだと実感しました。

(道産ヨネ)

■074『ムシがつくようにと思ったんじゃない?』

安井真弓さん(32)=主婦、札幌市出身、札幌市在住

 ―何歳の時にご結婚されたんですか。
 21歳の時に出会って、25歳で結婚しました。
 ―それまでは、ひとり暮らしですか。
 成人式前に父から「お前も成人式を迎えるんだから家を出れ」と言われました。男っ気があまりにもなかった私を心配したのかも…。友達にその話をしたら「“ムシがつくように”と思って家を出したんじゃないの?」と言われたもの(笑)。まぁ、なかなかムシはつかなかったですけどね。
 ―でも今どき25歳で結婚は早い方なのでは。
  高校を出て事務職を4年経験した後、富良野のペンションで1年間住み込みで働きました。札幌に戻ってきた頃には「もうさんざん遊んだからいいや」という気分だったし、早く子どもが欲しかったんです。どうせ子育てが大変なら早いうちに苦労しておこうと思って。

(楢戸ひかる)

■075『学長室は広すぎて落ち着かないね』

秋山義昭さん(64)=小樽商科大学学長、深川市出身、小樽市在住

 ―学長になる前は学者さんだったのですか。
 今でも空いた時間で論文を書いているよ。学問のことを考えるのは面白いし、楽しいし、飽きない。学長として色々読んだり書いたりもするけど、すぐ飽きるな。本当は書物に囲まれた研究室でぼ〜っとするのが一番落ち着くんだ。
 ―でも学長をされている。
 僕ほど小樽商科大学を愛している人はいないよ(笑)。昭和44年に赴任して以来、移り変わりもずっと見てきたし、この学校に育ててもらったと思っている。その恩返しのつもりで学長をしているんだ。「北に一星あり。小なれど、その輝光強し」と言い伝えられた伝統と歴史あるこの大学を心から誇りに思っている。
 ―お父様も教育者だったんですか。
 高校の教師だった。教育方針は「自分で道を開け。サポートはする」。余計なことを言わない父だったけど、人生の節目、節目では何かと相談していたね。

(楢戸ひかる)

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