海中道路

きれいに整備された海中道路。この時も干潮で多くの人が潮干狩りなどをしていた

 沖縄本島中部の太平洋側に海中道路と呼ばれる道がある。海中道路といっても、海に潜ってゆく道路ではなく、海の上に建設された橋でもなく、道路である。土手をつくって道路にしたような感じで、船を通すために途中に橋がある。
 約5キロ近く及ぶこの海中道路は沖縄本島と平安座(へんざ)島を結ぶのだが、結ばれた平安座島からさらに浜比嘉島と宮城島が橋で結ばれ、さらに宮城島から伊計島へと橋がつながる。
 海中道路は今から10年ほど前にきれいに整備され、車線が倍になり、片側2車線ずつとなった。途中に「道の駅」ならぬ「海の駅」も登場し、物産品などが販売されているほか、海の博物館も設置されている。レンタカーを利用した自由きままな観光が主流になりつつある今、カーナビに「海中道路」と表記されれば、寄ってみたくなるのが観光客の心理かも知れない。天気がよければ、両サイドが海というロケーションの中、潮風を受けながら走ると気持ちいいと思う。先日、車で走っていると、カーナビが道路以外を表記しないため、「あー、海の上を走ってんだなぁー」と、あらためて海中道路を実感した。

カーナビには海の上に道路だけが表示されている

 この海中道路は沖縄の本土復帰前、アメリカの石油会社が平安座島に石油貯蔵基地を建設するためにつくったものである。それ以前は米軍の水陸両用トラックが往来していたと言う。もともとこの地域の海域は浅く、昔は沖縄本島から宮城島までは干潮時に歩いて渡っていたそうだ。
 この島の出身者からスコップでマグロを仕留めた話を聞いたことがある。夜遅く酔っぱらって、干潮になるのをまって歩いて島に向かっていたところ、潮だまりにマグロがおり、急いで島へ行き、工事現場のスコップを借りて潮だまりに戻り、スコップでマグロをぶん殴って仕留め、助っ人を呼んでマグロを島まで運んでみんなで分けたのだと言う。
 この話を聞いて以降、海中道路を車で通るたびに、潮だまりにマグロの魚影を探してしまう自分がいる。

プロフィール

若月 元樹(わかつき もとき)
1974年広島県生まれ。沖縄国際大学大学院地域文化研究科修了。高校まで広島で過ごした後、沖縄の祖母の家へ移り住む。大学卒業後、そのまま沖縄でサラリーマンになったが、遊び足りなくて退職。大学院へ行ったはいいが、みんなまじめに研究していて衝撃を受ける。現在は八重山諸島の黒島にあるNPO法人日本ウミガメ協議会の附属研究所・黒島研究所でウミガメや島の人々らと戯れている。
・黒島研究所

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