730

石垣島にある通称「ナナサンマル交差点」にある石碑。おととし、きれいに整備されたこともあって、観光客がよく記念撮影をしている。しかし、この石に刻まれた730の意味を知る観光客は少ないであろう

 「730」は、私より上の世代の沖縄の人にとって思い出深い数字であろう。それらの世代は「730」の数字を見ると「ナナサンマル」と読む確率が高いと思われる。「ナナサンマル」と「人は右、車は左」というフレーズは、当時を知らない私でも、今まで何度も耳にしてきた。それほど沖縄県民にとって歴史的な出来事なのである。
 「ナナサンマル」とは日付を表し、1978年の7月30日のことである。この日は沖縄で交通事故が相次いだ日でもある。私の知り合いが、昔バイクで出勤していた途中、高齢者の運転する逆走車と衝突した、という話を聞かせてくれたことがある。その話のオチは「ナナサンマルの時さー」である。
 沖縄は戦後から本土復帰まで、車はアメリカ同様に右側通行だった。1972年の本土復帰後もしばらくは右側通行がつづいていたものの、国際的な交通条約に「一国一交通制度」というものがあるらしく、本土復帰から6年後に本土同様に車の左側通行実施に踏み切ったようである。
 本土から応援の警官を大量に動員し、一晩だけ車両を通行禁止にして道路標識や信号を切り替えたり、バス会社はバス亭の取り換えや、扉が反対になるためバス自体をすべて買い替えたりするという、それはそれは大変な日だったようで、交差点を曲がりきれないバスやトラックなどの大型車両も続出したと聞く。
 6年前、私がアメリカへ出張に行かされた時は、レンタカーで移動していた。海外で車を運転するのは後にも先にもこの時だけである。レンタカーを運転して数日経過し、左ハンドルや右側通行にすっかり慣れたと思っていたある日の早朝、車が全く走っていない道路を私は逆走していた。交差点近くで同じ車線を走る対向車が1台来て、ようやく気付いてかわしたことがあった。おそらく7月30日当日は、警官や市民が沿道にたくさん居たこともあり、左側通行を意識できたが、数日後には無意識に逆走してしまう人が多かったのではないだろか。長年しみついた習慣を突然、しかも全員一斉に変えるのは大変であろう。
 地デジ普及率が全国で最も低いと騒いでいる沖縄県。テレビなどでは「地デジ」と「一大事」の沖縄なまり「イチデージ」をかけて「地デジ!イチデージ!」などとキャンペーンをしている。おそらくアナログ放送が終了する7月24日には、ちょっとした混乱も、起こるのであろう。しかし、「ナナサンマル」を経験した沖縄県民からすれば、「ナニヨ(724)」って感じなのかもしれない。そんな私もそろそろ地デジにしなければ……。

プロフィール

若月 元樹(わかつき もとき)
1974年広島県生まれ。沖縄国際大学大学院地域文化研究科修了。高校まで広島で過ごした後、沖縄の祖母の家へ移り住む。大学卒業後、そのまま沖縄でサラリーマンになったが、遊び足りなくて退職。大学院へ行ったはいいが、みんなまじめに研究していて衝撃を受ける。現在は八重山諸島の黒島にあるNPO法人日本ウミガメ協議会の附属研究所・黒島研究所でウミガメや島の人々らと戯れている。
・黒島研究所

前へ | 新着順一覧 | 次へ

この記事を知らせる

ブックマークする