滑走路道路

元滑走路だけあって、道幅も視界も空も広い道路

 沖縄本島の中部に「読谷村(よみたんそん)」という村がある。その読谷村の役場は米軍の飛行場跡地に建っており、近くに滑走路跡を活用した道路がある。
 このあたりは米軍の「読谷補助飛行場跡」と呼ばれる場所で、元々は日本軍の飛行場だったものを米軍が奪ったものである。沖縄戦で米軍が沖縄本島に最初に上陸してきた場所が読谷の海岸であり、多くの悲劇が起こった場所でもある。
 読谷村は風水上、ここに役場をつくらなければなどと理由をつけ、読谷補助飛行場あたりに役場や関連施設を建設しながら、米軍に取られた土地を取り返している場所であるらしい。
 先月、出張で読谷村に行く機会があり、久しぶりにこの道路を車で走った。そして、読谷村役場の方と話す機会があった。その話の中で、この滑走路の道路が近い将来整備される予定であると教えてもらい、ちょっと残念な気持ちになってしまった。
 過去の悲惨な経験と、これまで土地の返還を求めてきた読谷村の人々に対して不謹慎かもしれないが、もったいない気がする。私は以前から、この道路が普通と違うものだから、車で走るのが嬉しかったのだ。元滑走路だけあって、電線もなく空も広い。凧上げにも向いているかもしれない。
 今、沖縄観光はレンタカーを利用する個人客が増加の一途を辿っている気がする。那覇空港の各レンタカー会社の送迎場所が年々、業者も利用者も増えつづけているように見えるからである。
 気取って植えた外国産の熱帯花木が街路樹になっている道路を走るより、滑走路跡を利用した道路のほうがよほど観光客にウケるのではないだろうか。沖縄の、特に戦争と戦後の歴史をリアルに体験できるのではないかと私は勝手に思っている。
 現在あるかどうかわからないが、今から15年ぐらい前に行った沖縄本島の北西部に浮かぶ伊江島(いえじま)にもこのような滑走路跡を利用した道路があった。そこもやはり道が広く、島のペーパードライバーの練習場所になっていたり、元気がありあまる若者の暴走の場になっていた。今も当時と同じ状況なのであろうか。
 読谷も伊江島も、米軍のパラシュート降下訓練で度々問題が起こっていた地域である。パラシュートで米兵が目標を外れてしまい、民間地に降りてくるという問題である。
 このような沖縄では、次のようなブラックジョークがある。道路交通法では前方不注意という過失はあるが、上方不注意という過失はない。したがって、パラシュートで米兵が、運転する車の前に落ちてきたら、着地する前に跳ねてしまえば罪にならない。だから、運転中に米兵がパラシュートで降りてきたら、ブレーキではなくアクセルを踏もうというのである。これはジョークというより、米軍に対するささやかな抵抗かもしれない。

プロフィール

若月 元樹(わかつき もとき)
1974年広島県生まれ。沖縄国際大学大学院地域文化研究科修了。高校まで広島で過ごした後、沖縄の祖母の家へ移り住む。大学卒業後、そのまま沖縄でサラリーマンになったが、遊び足りなくて退職。大学院へ行ったはいいが、みんなまじめに研究していて衝撃を受ける。現在は八重山諸島の黒島にあるNPO法人日本ウミガメ協議会の附属研究所・黒島研究所でウミガメや島の人々らと戯れている。
・黒島研究所

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