怪しいタクシードライバー

怪しいタクシードライバー

vol.15

2011.07

 東北大地震から約3カ月。「内閣不信任案決議」など日本政治のドタバタ劇は中国でも大きく報道された。
 私の中国人の知人は「アイヤー、あなたの国は本当にかわいそう、このさい中国に移住しない?」と憐れむように私の身の上を心配する。


 話は変わるが5月下旬、中国内モンゴル自治区の西ウジムチンで炭鉱の開発による環境破壊に反対していた遊牧民男性がトラックにひかれて死亡した事件をきっかけに、各地でモンゴル族の学生たちが「草原を返せ! 格差をなくせ!」などと叫びデモを行った。私はデモのあったシリンホトに空路で向かった。
 空港に到着すると6〜7人の男にとり囲まれた。そして目の前に警察証をつきつけられ、有無を言わせず個室へ誘導された。まるで麻薬の運び屋でも捕まえるような勢いだ。
 個室には地元政府の外事を扱う関係者が待っていた。「旅行ですか。記者が泊まれるホテルは2つしかありません。そこまで送ります」と私と、同じ飛行機に乗っていたフランスメディアの記者2人を車に乗せ、市内のホテルに向かった。
 市内は時折隊列を組んで警備に当たる武装警察がいる以外はいたって平穏だ。ホテルにはチェックインせずに市内でタクシーを捕まえ、事件のあった西ウジムチンを目指す。西ウジムチンまでは一本道の草原を行く。街から少し外れると大きな炭鉱があり、石炭を積んだ大型トラックが行き来する。漢族の運転手は「西ウジムチンは、不安定だから入れないと思う」と不安そうに話す。私は「行けるところまででいいので」と、先へ進むようにお願いする。

Photography:Minoru Iwasaki

重慶武隆県の夜

 約2時間が経過したころ、運転手は「これ以上先には進めない。街に戻る」と言いだした。見渡す限りの草原、ここで降りても他のタクシーは見つかりそうにもない。交渉していると運転手は突然「腹が痛い」と言ってトイレットペーパーと携帯電話を手に草原の向こうに見える簡易トイレに駆け込む。運転手は車に戻ると「しょうがない」と言ってゆっくり車を走らせながら携帯電話でだれかに自分の位置を知らせている。あまりにも怪しいので、後ろから来たモンゴル族の車をヒッチハイクした。タクシーの運転手は途方に暮れた目でこっちをにらみながら去っていった。
 ヒッチハイクした車の運転手は西ウジムチンでバーを経営する男性だった。雑談をしていると突然パトカーが後方から追いかけてきた。よく見ると後部座席には先ほどのタクシーの運転手も乗っている。警察は昨日このモンゴル族の運転手が信号無視をしたとの理由で免許証を没収した。もちろんモンゴル族の運転手には身に覚えがない。
 待つこと数十分、別のパトカーがやってきた。私のパスポートと記者証を調べる。パトカーの後部座席に座るタクシーの運転手は震えていて私と目を合せようとしない。警察は「問題ない、気をつけて先に進んでください」と意外にも運転手の免許証と私のパスポートを返還し、私たちを解放した。タクシーの運転手はあっけにとられた様な顔で両脇を警察に囲まれながら私たちの車が進んでいくのを見送っていた。せっかくトイレに行くふりをして警察に通報したのに、結果がこれでは彼にとって何一ついいことはない。
 西ウジムチンの手前に到着すると、十数人の警察や武装警察、地元当局の関係者が検問を張っていて、結局私はシリンホトに戻ることになった。
 帰り道、草原を眺めていると先ほど運転手が駆け込んだ簡易トイレが見えた。今ごろあのタクシーの運転手はどうしているのだろう、と私は草原をぼんやり眺めるのであった……。


終わり

プロフィール

岩崎 稔(いわさき みのる)
写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。2010年度新聞協会賞受賞。
・Minoru Iwasaki Photography

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