「被災地の巨大変化」ツアー

「被災地の巨大変化」ツアー

vol.14

2011.06

 東北大震災から2カ月以上が経過した。中国でも福島第一原発の問題が報道されない日はほとんどない。
 「どうして日本は、収拾にこんなに時間がかかるんだ!」といった怒りにも似た声を、知り合いの運転手から車を使うたびに浴びせられる。また、地震・津波被害には同情の声も多く、改めて震災を境に中国人の日本に対するイメージが、大きく変わりつつあることを感じる。
 中国では死者・行方不明者8万7千人を出した四川大地震から5月12日で3年が過ぎた。先日、外交部が主催する「被災地の巨大変化」と題した、震災から3年が経過した被災地の変化を見て回るツアーに参加した。基本的に当局が主催するツアーは、メディアに対し、国としての宣伝の意図があるため、いいところしか見ることができない。1週間の工程のツアーだったのだが、「面白くなければ途中で抜けて自分で被災地を歩いてみよう」という浅はかな考えはすぐに潰えた。
 初日、「絶対に途中でツアーを外れることは許されません!」とくぎを刺され、あっけなく全行程に参加することになった。2台のバスに大陸、香港、台湾と海外のメディア約50人の記者が参加した。海外メディアでは圧倒的に日本のメディアが多かった。
 2日目、地震発生当時に私も取材した被害の大きかった北川県に向かった。新しい北川県は元の場所から数キロ離れたところに移動し、倒壊した街は丸ごと遺跡として残されていた。傾いた建物や瓦礫の山を見ると当時の記憶がまざまざとよみがえる。

Photography:Minoru Iwasaki

カシュガルの夕焼け

 観光名所と化した街では、旗を持ったガイドの後を、旅行社から配られた帽子をかぶった観光客が、記念写真を撮影したり、当時の状況の説明に耳を傾けたりしている。震災からの時間の経過を感じるとともに、被災地が観光名所として残るという現実に驚かされた。まだ行方不明者が埋まっている可能性がある場所の前に、観光ガイドの立て札が立てられ、街を一望できる場所には展望台の建設も進んでいた。
 ツアーが進むにつれ私はあることに気がついた。それは震災後、新たに建設された学校を取材していた時のことだ。取材をしている我々と距離を置きながら、いかにもガラの悪い男たちがついてくる。次の取材地の村に入ると村人の半数がガラの悪い男だ。
 「それでは自由に取材をはじめてください」と当局者が言い、我々は各々村を歩く。しかし、行く先行く先にいるのはサングラスをかけた丸刈りの男ばかり。彼らに話しかけると逃げるように去ってゆく。昼食の準備をしている男性に取材すると、ガラの悪い男がまた現れ、私たちの話を盗み聞きしながら、村人に睨みを利かせる。
 「あなたはいったいだれなんだ」と問い詰めると「おれも記者だ」と言って走り去って行った。
気がつくと村には50人を超える私服で丸刈りのガラの悪い男がいることに気がついた。彼らは公安関係者であることは間違いないのだが、当局者は認めようとしない。
 四川大震災からたった3年でだいぶ被災地は変わったと感じながらも、この監視のきびしいツアーに参加していると、当局は何か隠しているのではないか、やましいことがあるのではないかと疑わずにはいられないのであった……。


終わり

プロフィール

岩崎 稔(いわさき みのる)
写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。2010年度新聞協会賞受賞。
・Minoru Iwasaki Photography

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