初仕事は刺激的

 中国で生活していると2度正月がやってくる。日本の正月を過ごしたばかりなのに、先日まで旧正月で1週間も休みだった。この2カ月はラッキーである。もちろん多少仕事はあるが、気分が違う。しかし、あまり長い間休んでいると、このまま仕事がなくなるのではと不安にかられる。体に貧乏性が染み付いてしまったのだろうか……。
 毎年旧正月休みが明けた週末に就職フェアーが開催される。市内の会場は朝から仕事を探す多くの若者らであふれる。例年取材をしてきたが、今年は様子が大きく違っていた。
 中国メディアの報道では、今年の傾向は内陸部では条件のよい仕事が増え、都市部や沿海部では労働力不足に陥っているという。就職フェアーに集まるような学歴のある人たちは、給料や労働環境の条件が高く、企業はなかなかよい人材が確保できないそうだ。
 毎年、人手不足や就職難などいろいろな傾向はあるのだが、例年と何が大きく変わったかというと風景である。2階から眺めた時に圧倒されるような人集りがないのだ。中途半端な数の人たちがウロチョロしているだけで、全然写真にならない。主催者に問い合わせてみると驚いた答が返ってきた。
 「ここ最近、世界的に情勢が不安定なので、安全のため就職フェアーを分散して行っているのです」
 チュニジアやエジプトの革命の影響を警戒して多くの民衆が集まらないようにしているという。国内の新聞もエジプト報道に関しては国営通信社の原稿をそのまま掲載しているのが目立つ。まさかエジプトの革命が中国の就職フェアーにまで影響するとは……長い休みで眠っていた私の脳みそが刺激を受ける。

Photography:Minoru Iwasaki

北京の初雪

 次に物価高騰の取材をする。休みの間、北京のイトーヨーカドーで買い物をして物価の高騰に驚かされた。旧正月の前後は毎年、野菜の値段などが高騰するのだが、それにしても高い。イチゴを買おうと手に取ると、日本円で1パック300円以上する。ほとんど買い物をしない私にとっては、果物や野菜は数百円あれば山のように買えるイメージがあったのだが、野菜を手に取っては、一度戻してしまうほどどれも高い。
 物価の高騰が一番影響しているのではと、北京の貧困地区に取材に行く。昔は少し中心地部を離れると、すぐにバラックの平屋がつづく貧困地区があったのだが、今はどこまで行っても新しいマンションが建っていて、貧困地区を探すほうが難しい。グーグルアースで平屋の並ぶ地区を見つけ向かってみると、そこはほとんどの家が取り壊されていて瓦礫のならぶ廃虚になっていた。車の中から自転車に乗った老人に道を尋ねると、こちらの様子を怪しみながらも、丁寧に廃虚に残りすむ老夫婦を紹介してくれた。車の中からの対話は、テレビ番組の「ダーツの旅」をしているようで新鮮だ。
 爆撃されたような瓦礫だらけの街の一角に老夫婦の家はかろうじて残っていた。早速、「最近の物価高はどうですか?」と聞いてみる。話し好きの老夫婦は「経済開放前はもっとひどかった。昔配給された1カ月分の白米を息子は平気で1日で平らげる」と言う。「たしかにそのころと比べればよくなったかもしれない」と私はうなずく。老人はつづけて話す。「物価高といえば先日、白内障で病院に行った。手術に使う薬を輸入物にするか、国産にするかで10倍も違うんだ。俺は医者に、あんたが決めてくれ、と言ったら、輸入物の高い薬を使われたんだ。でもあの医者は本当に輸入物を使ったんだろうか………」。
 話はそのままどんどんそれていき、この老人から物価高の話を聞くことはできなかったのだった。
 中国での取材は相変わらず予測のできない方向に転んでいくのだった。


終わり

プロフィール

岩崎 稔(いわさき みのる)
写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。2010年度新聞協会賞受賞。
・Minoru Iwasaki Photography

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