3年ぶりの「恐怖の地下鉄」

3年ぶりの「恐怖の地下鉄」

vol.10

2011.01

 昨年末から正月まで長い休みが取れたので、日本でゆっくりと過ごした。例年は、帰国しても約1週間しか滞在しないため、新宿の駅の改札口や、新橋の居酒屋、自宅の周りのコンビニエンスストアーなど、何もかもが新鮮に感じられて時間があっという間に過ぎてゆく。今回は2週間にわたり、打ち合わせなどもなく、ひたすらだらだらごろごろとして、小学生のころのようなまったりとした時間を堪能した。本当に夢のような時間だった。
 そして、北京に戻り翌朝から仕事がはじまった。久しぶりにラッシュアワーの地下鉄駅に向かう。安全検査のために設置された機械を通らなければならず、行列ができている。初詣に向かう人の波のようだ。メールマガジンに連載していた「大陸人の時間」で「恐怖の地下鉄」という原稿を2007年11月に書いたことがある。バックナンバーの第47回で今も読むことができる。あれから早3年、地下鉄の状況はさらに「恐ろしい」事になっていた。
 無事安全検査を通過し、人の波にのまれながらプラットホームへ下りてゆく。久しぶりに見る地下鉄のホームにはステンレスの柵が電車の乗り降り口に設置されていた。割り込み防止のために作られたのだろうか、とても重圧感がある。
 私は柵にしがみつきながら列に並ぶ。列車は到着後、約数十秒しかドアが開いていない。その一瞬のすきを見て人がなだれ込む。無情にもドアが突然閉まり、一緒に乗ろうとしていた家族は離れ離れになった。ドア越しに見つめあう家族の姿は、映画のワンシーンのようだ。列車が数度やってきて、やっと私もドアに近づいた。「次は乗れる」と心でつぶやき列車を待つ。入ってきたのは新型の車両だ。ドアが開き一気に前の人たちがなだれ込む。私も勢いをつけて後につづく。しかし、無情にも直前でドアが閉まる。

Photography:Minoru Iwasaki

東京の風景

 恐怖はここからはじまる。乗れなかった後ろの人たちが押してくる。あまり列車に近づきすぎると巻き込まれてしまう。「押さないでくれと」叫びながら後ろに下がる。列車が発車すると目の前は線路。これだけ多くの人が後ろにいると、いつ突き落とされてもおかしくない。私は足で踏ん張りながらホームの端っこぎりぎりにやっとのことで立っている。次の列車が私の目の前すれすれを通ってやってくる。スパイ映画の主人公になったようだ。
 ドアが開くと私は一気に車内になだれ込み席に座る。線路に突き落とされず良かった、と安堵の息をついていると、前からカップルが「あの手すりにつかまれ!」と叫びながら走ってくる。「ここの位置をキープしないと降りれなくなるぞ。俺につかまれ!」と男性は彼女の手を握る。私の目の前の手すりにつかまるカップルは、まるで沈んでゆくタイタニックに乗っているようだ。たしかにあっという間に車両は満員になった。カップルは何とか体制をキープしながら下車する時の手はずを話し合っている。次の駅のプラットホームが見えるとカップルは声をそろえて「もう駄目だ、恐ろしい、どうしよう」と不安な声を上げる。私も恐る恐る振り向くと、ホームは列車を待つ人で埋まっている。カップルは抱き合いながら必至で手すりにしがみつく。ものすごい勢いですでに満員の列車に人がなだれ込んでくる。地獄絵図のようだ。しばらくしてカップルの女性が降りる駅に到着した。男性は「俺が後ろから押すから、勢いをつけて出るんだ!」と必死に彼女を励ます。人波をかき分け彼女はなんとか無事に列車から下車した。
 次は私の番だ。「おりまーす」と声を上げながら立ち上がろうとする。私の前で手すりにしがみついていた男性は先ほどとは打って変わって、一言「難しいと思うよ」と、闘争心をまったく感じさせない。
 人をかき分け何とか下車した私は、日本での夢のような時間から、一気に中国の現実に引き戻されたのだった。


終わり

プロフィール

岩崎 稔(いわさき みのる)
写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。2010年度新聞協会賞受賞。
・Minoru Iwasaki Photography

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