石家荘の不毛な日々

石家荘の不毛な日々

 ここ数カ月、中国発のニュースが絶えない。8月に金正日総書記が訪中して以降、尖閣諸島での漁船接触事件、河北省石家荘市で準大手ゼネコンのフジタ社員が軍事区域に侵入拘束された事件、服役中の中国の民主活動家・劉暁波氏のノーベル賞受賞、そして内陸部で行われた反日デモ……。日本の国内ニュースを抑えて何度も一面に掲載されてきた。事件などがおこるたびに取材に奔走していた私は、チリの鉱山の落盤事故が中国でなくて本当によかったと思わずにはいられない。
 9月末、私はフジタ社員が軍事区域に侵入し拘束された事件を取材するため、北京の運転手徐さんとともに車で4時間かけて石家荘に向かった。石家荘は毒餃子事件でも取材に訪れたことがある。到着すると早速、徐さんと私は大使館員が社員と面会した場所や空港を下見する。徐さんに道を覚えてもらうためと、社員が釈放された場合にどんな取材ができるかを確認するためだ。
 石家荘に到着してから2日目、中国国営通信新華社が「午前10時に社員3人を釈放した」と報じた。北京から大使館の車が石家荘に向かっているとの情報が入り、高速道路の出口で待つ。出口にはテレビ局の車がずらりと並び、各社大使館の車が出てきたら追跡する準備をしている。徐さんに「我々も追跡するのでその覚悟で」と告げる。すると、テレビ局の車が1台、また1台と姿を消してゆく。どうやら釈放された社員3人が午後4時の飛行機で上海に向かうらしい。至急、車を空港に回してくれと徐さんにお願いする。
 石家荘の空港は市内から車で40分ぐらいの場所にある。徐さんは猛スピードで車を飛ばす。私は電話で釈放された社員と同じ飛行機のチケットが取れないかを探る。しかし、車はいつになっても空港に到着しない。徐さんに「空港こんなに遠かったっけ?」と尋ねると、「たしかに出口がないねー」とのんきな返事が返ってきた。空港に近い出口を過ぎてしまったようだ。とにかく引き返さないと3人が空港に到着してしまう。次の出口は50キロも先、そこから折り返すと100キロのロスだ。徐さんもだんだん事の重大さに気が付き、更に猛スピードで飛ばす。

Photography:Minoru Iwasaki

石家荘の夜

 次の出口で折り返し、空港まで20キロの場所に到着すると、大渋滞にはまってしまった。車は全然動かない。私は車を降り、機材を抱えて高速道路を走る。5キロは走っただろうか、道路の下にタクシーが見えた。恐る恐る高速道路を駆け下り、タクシーを拾って空港へ向かう。何とかぎりぎり3人の到着に間に合ったが、私には飛行機のチケットがなく、3人の姿を写真に抑えることはできなかった。
 その後、残されたフジタ社員高橋定さんの釈放を待つべく、私たちは石家荘に残った。国慶節休みともあってすぐには釈放されないのではといった情報の中、ホテルと空港の往復を徐さんと繰り返した。
 最初は前回の失態もあり話もはずまなかったが、日がたつにつれ徐さんはよく話すようになった。今、徐さんにとって一番の話題は住まいだった。徐さんは北京市内の中心部にあるアパートに住んでいるのだが、区画整理で取り壊されることになっている。しかし、ここ数年、住宅価格が値上がりしているので、徐さんたち一部住民は保証金に納得せず、引っ越しを拒否していた。徐さんの家は約70平米ぐらい、要求している金額は、なんと450万元(約5500万円)だという。徐さんの年収が50万円としても年収の110年分にも上る。「そんなにお金もらえたら働く必要がないですね」と聞いてみると徐さんは「貧乏なふりをしながら働くんだ」と答えたのだった。
 私は徐さんと接しているうちに、中国と駆け引きをする日本政府は大変だろうな、と思うのであった。そして、私と徐さんは10日間も石家荘で、不毛な日々を過ごしたのであった。


終わり

プロフィール

岩崎 稔(いわさき みのる)
写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。2010年度新聞協会賞受賞。
・Minoru Iwasaki Photography

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