段さん南へ行く(上)

段さん南へ行く(上)

vol.4

2010.07

 私は数年前まで“ネズミ講”のことを“ネズミっ子”と呼ぶものだと勘違いしていた。“ネズミ講”とは“ネズミ算”式に会員が急激に増えることからそう呼ばれているらしい。日本では“無限連鎖講”とも呼ばれていて法律で禁止されている。「チュチュチュ」とは、なんとチャーミングなマルチ商法の名前だと感心していたが、最近、とても笑えない事件が起きた。
 以前、『北海道人』で連載していた「大陸人の時間」第1話(メルマガ第7号)でも紹介させていただいた“白タクの段さん”の突拍子もない話から事件ははじまった。
 ある朝、出張のため段さんの車で空港に向かっていると、「明日からベトナム国境近くの広西チワン族自治区北海市に行ってくる」と嬉しそうに私に話した。なんでも奥さんの親戚が北海市でビジネスをはじめたらしく、運転手を探しているというのだ。月々2万元(約25万円)も給料をくれるというので、取り敢えず視察に行くという。首都北京でさえ大企業の運転手を務めても月々5千元(約6万4千円)程度しか稼げないのに、そんなにおいしい話が辺鄙な街であるのだろうか。私は段さんに「きっと麻薬や武器の密輸に決まっている」と引き留めた。

Photography:Minoru Iwasaki

上海の雑踏(上)

 51歳になる段さんだが、北京周辺の都市以外には行ったことがない。無論生れてこの方、飛行機に乗ったこともない。「今の仕事では生活も苦しいし、人生一度くらいどっか遠くに行ってみるのも悪くない」という言葉に押し切られ、「じゃあ気を付けて」と言って空港で別れたのだった。
 出張から戻ると奥さんの張さんから慌てた声で電話があった。「うちの旦那が洗脳された、どうやら詐欺に遭ったようだ」。私は張さんに「一体どういうことか落ち着いて説明してくれ」と言った。どうやら運転手の仕事というのは嘘で、到着してから二日間、勉強会と言われるものに参加して“ネズミ講”の勧誘を受けていたらしい。段さんは電話で張さんに「素晴らしいビジネスに参加しようと考えている、街も緑にあふれて過ごしやすい、早くまとまった金を持って来るように」と言ってきた。
 早速インターネットで中国の“ネズミ講”を検索してみると、南のほうで大流行していることが分かった。特に北海市は「“ネズミ講”をしている人がいなくなってしまったら、この街の人口が減ってしまい、レストラン経営にも影響がでる」などという地元レストランオーナーの話まで紹介されていた。関連のインターネット記事では、中国でも“ネズミ講”は禁止されているのだが、法律の隙間をついて後を絶たないと説明されていた。
 数日後、張さんが北海市に行くことを拒否しつづけたため、段さんは金を作りに、ひょっこり北京に戻ってきたのだった。


つづく

プロフィール

岩崎 稔(いわさき みのる)
写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。2010年度新聞協会賞受賞。
・Minoru Iwasaki Photography

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