地獄の真ん中席

 私が飛行機に乗る場合はいつも後方の窓側席を指定する。隣に人が座らないことが多いからだ。中国ではチェックインの際に席を指定しても、手続きする航空会社の人が平気で通路側席と窓側席の間、“地獄の真ん中席”にすることがある。最近は毎回打ち出されたチケットがちゃんと指定どおりの席になっているか確認している。
 なぜ“地獄の真ん中席”と呼ばれているのかというと(そう呼んでいるのは私だけだが)窓側と通路側は戦わずして一つのひじ掛けを確保することができるが、“地獄の真ん中席”は中国各地の並み居る猛者たちと一つのひじ掛けを争い戦わなければならないからだ。
 先日、上海に向かう飛行機に乗った際、とんでもない悲劇に見舞われた。その日は少し遅れてチェックインしたために窓側席も通路側席も無く、エコノミーの一番前、“地獄の真ん中席”だった。席の前にあるポケット(機内誌や安全しおりが入っている入れ物)に、暇つぶしのために持ち込んだ日本の週刊誌2冊と飲み物を入れた。
 この日も席に着くと、当然のように両側のひじ掛けには、猛者たちのひじが私の席に食い込むように置かれていた。私は戦わずして白旗を揚げ、持ち込んだ日本の週刊誌に目を通しはじめた。すると隣に座る“中年の女性猛者”が私の持ち込んだ週刊誌に手を伸ばした。思わず戸惑ったが、ここまで侵略されるわけにはいかない。
 「すいませんが、それは私の雑誌でしかも日本語だから読んでも分からないですよ」と防衛のため忠告した。すると“女性猛者”は「けっ」といったような普通の聴覚では聞き取れない雄叫びをあげ、雑誌を私に返してくれた。意外な反応に驚き、私は雑誌をまた前のポケットに入れ直した。

Photography:Minoru Iwasaki

上海パープルブリッジ

 離陸してから約1時間が過ぎたころだった。機内食を食べ終え、目的地に向けて順調にフライトがつづき、平和な雰囲気が機内全体に漂いはじめた。私が手元の雑誌にやっと集中しはじめたその時だった。突然、“女性猛者”が私の雑誌にまた手を伸ばした。これはもうどこかの国の挑発に似た、いわゆる理解不可能な行動だった。
 「先ほども言ったが、これは私の雑誌なんだ、他人の物だと分かっているのに勝手に取るのはどうなんだろうか」と軽いジャブをかます。さすがにこの行動に見かねた“女性猛者”横の通路をはさんだ席に座る若い女性が、「これは中国語の雑誌だから」と言って読んでいた機内誌を“女性猛者”に渡した。“女性猛者”は納得できないといった表情でその機内誌を自分の前のポケットに押し込んだ。
 私が“女性猛者”のこの行動がいったい何を意味しているのか、などと考えていた矢先、彼女は突然大きな声でぶち切れた。
 「そこのポケットに入れてある物はすべてみんなの物なの、そんな所に自分の物を入れておくのがおかしいのよ! それほど他人に読まれたくないならずっと抱えていなさい!」
 突然の攻撃に不意をつかれていると、“女性猛者”はたたみかけるようにさらにつづけた。
 「だいたいあんたに私が日本語の雑誌が読めるかどうかなんか決められたくないわよ! 男だったら小さいこといちいち言うんじゃないわよ! 私は何度も飛行機に乗ってるけどこんなことはじめてだわ!」 もちろん私もはじめてだ。この降ってきた火の粉のような災難のおかげで、私は飛行機に乗るのがまた嫌になったのだった。


終わり

プロフィール

岩崎 稔(いわさき みのる)
写真家。1974年、宮崎県生まれ。東京工芸短期大学写真学科卒業、中国人民大学法学部卒業。95年から北京市に暮らし、同市を拠点に活動を続けるかたわら、アジアのフォトグラファーネットワークづくりなどに尽力している。2010年度新聞協会賞受賞。
・Minoru Iwasaki Photography

前へ | 新着順一覧 | 次へ

この記事を知らせる

ブックマークする