2012年12月、発情物語(予告篇)―奇跡は起こり連鎖する編―

2012年12月、発情物語(予告篇)―奇跡は起こり連鎖する編―

vol.6

2010.09

2012年12月、発情物語(予告篇)―奇跡は起こり連鎖する編―

とろんの「右巻きアートエッセイ」 プロフィール

2012年12月から108日間の祭り「たましいのかくじっけん」第二弾の青色フライヤー(BY 愛妻はるか)

 2007年の祭りは七週間(49日間)だったけど、ボクはその熟成させゆく長さに物足りなさをずっと感じていた。やはりイノチあるもの、ゆっくりていねいにかくじつに熟成させゆく「ゆったりとしたながさ」が必要なのだろう。この108日間という「意味ありげ」な数字の間で、『善悪の彼岸』(ニーチェ)の世界の中で、人間の様々なドラマが発酵熟成してゆき、「ひとそれぞれ」「みんなちがってみんないい」「どのはなみてもキレイだな」、そして「このよはすべてこともなし♪」と「うちゅう」の中心から観じられるようになり、善悪美醜上下左右男女を超えた源色の七色の華咲く「万華鏡的世界」がこの世に今、厳存展開していることへの『うちゅうのだいじょ~ぶ』(モナケパのもんちゃんの歌)観が起きてくると、この世がもっともっともっと「おもしろくっておかしくってHAPPYになれる♪」こと必至。


 これは『なまえのない新聞』(発行所アマナクニ)9月号に祭りについて描いたボクの文章からの抜粋だけど、いよいよあと2年3カ月と迫った祭り「たましいのかくじっけん」第二弾(写真)に火が付いてきたこのごろだ。2年半つづいた岡山での両親の介護生活も終焉し、「みだらなまでの自由感」にうちふるえる日々の中、岡山県総社市ではじめたSPACE「太一や」はこの11月から長期の「お休み」に入る。そして11月22日の満月の朝、バンコクに向けてフライトし、来年、2011年の1月に迎えるボクの「還暦祝い」に家族でインドを旅するのだ。

 太一は、この8月6日で4才に成ったけど、2013年の4月には小学校に入る時期で、今、タイのPAIか岡山の総社か、小学校をどこにするか決められないままでいる。2012年はPAIをベースにして生活するので、PAIの幼稚園に入る予定だけど、5歳の子どもがどれほどのスピードでタイ語を習得していけるのかが最大の見もの。ボクもある程度は喋れるけど、一気に追い越されゆくこと必至。そして、2012年、12月だ。「今」から2013年4月に太一が小学校に入るまでの2年半の間、インドの旅で、PAIでの幼稚園生活で、そして、2012年12月からはじまる「たましいのかくじっけん」108日間で、太一や愛妻はるかやこのボクに一体なにが起き変化展開してゆくのだろうか、わくわくドキドキが連鎖してゆく。
 きっと、太一が小学校に入るころ、何かがまたひとつ脱落して、ボクの人生の「第四章」がはじまるのだと想う。これまでの、内奥から突き動かされるままに「想い」を「形」にしてきたいとおしい日々。昔、信州に「毎田周一」という真宗の坊さんがいて「オマエも死ぬぞ!!」とよく言い放っていたものだけど、ホントに『順番』(岡山県山間部に住む「あ~ち」作のことだまキーホルダーの句)に必ずこの世から消え去って逝ってしまうイノチのオキテを想うとき、この地球生命、まさに善悪美醜上下左右男女を超えて「まるごと愛せるいとおしさ」、だよね。病気から回復し傷が癒えたと喜んでいても、奇跡的に事故から助かり抱き合っても、ひとはいつの日か死んでゆくし、刻々と確実に死に向かう中での「一瞬先は、ひ、か、り」という「絶対矛盾的自己同一」的宇宙構造、なのだからなあ。


    それでもいつまでも発情中の、とろんより。

プロフィール

とろん
1969年高校卒業直後、フランス郵船に乗ってインドに上陸し地球放浪をはじめる。帰国後、専門学校、大学、夫などを中退しながらも、旅と文筆とライブ活動を続行。50歳(2001年)からタイ北部の山間の町「PAI」にベースを移し、村創りをはじめる。現在、2012年12月から108日間の祭り(たましいのかくじっけん)第2弾を想定しながら、桃源郷「NEW MOON VILLAGE」を創作中。著書に『純粋単細胞的思考』『まるだしのエクスタシー』『とろんのダイジョーぶ経典(スートラ)』(共に、晩聲社)がある。
・とろんのホームページ

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