5万人の力

 中国でもアメリカ軍によるビンラディン射殺の一報は大々的に報じられた。5月8日現在、中国のニュースポータルサイト「新浪網」の週間コメント数ランキングでは、ベスト10までがすべてビンラディン関連のニュースだ。一方で、月間ランキング1位は「国務院新聞弁公室が『米国の人権記録2010』を発表」という中国新聞網のニュース。これはアメリカの『2010年国別人権レポート』で中国の人権事情が非難されていることに対して異議を唱える形で、中国国務院新聞弁公室がアメリカ国内の犯罪数やプライバシー侵害、失業率の高さをまとめた報告書だ。コメント欄には「痛快な気分」「人を批判する前にわが身を顧みよ」「アメリカ人も大変だね」といった発言がずらりと連なる。
 ただ、2011年度のトピックス別ランキングを見ると、「日本近海マグニチュード9地震(東日本大震災)」がコメント数130万7345件とやはり断トツトップである。他のトピックスと比べてひとケタ多いのはニュース件数の多さと注目度の高さの表れだろう。特集ページでは直近の余震情報が随時更新され、日本在住中国人が発信する中国版ツイッター「微博」がリアルタイムで流れている。ただし、関心の的は主に原発問題だ。
 タクシーに乗ると、ラジオからよく福島関連のニュースが流れる。こちらが日本人とわかると運転手は心配顔でこう言う。
 「家族を上海に呼び寄せないのか」
 「日本にはしばらく帰れなくなったね」
 まるで日本全体が汚染されているような口ぶりなので、何だかこちらまで不安になってくる。一方、レストランでもオーナーが魚料理を指さし、冗談交じりで「福島産じゃないから安心して」と言っていた。さらに同僚の一人は日本のチョコレートを社内で配ったところ、「(放射線は)大丈夫?」などと真剣な顔で聞かれていた。関心が高いが、正しい情報が伝わっていないのだ。そうしたなかで中国人顧客をターゲットにした日本料理店は一部で売り上げが半分以下に落ちこみ、訪日旅行プランを販売する旅行社もほとんどの予約がキャンセルとなった。少しずつ好転の兆しを見せてはいるが、いずれも本格的な回復の見込みは立っていないという。

早朝5時の外灘(バンド)プロムナード

早朝5時の外灘(バンド)プロムナード

 そんななか上海在住日本人の動きが注目されている。まずは東北地方の県で唯一、上海に事務所を置く福島県上海事務所だ。震災直前に開設した中国版ツイッター「微博」をフル活用し、福島県発の情報や観光情報、被災地支援イベントの告知を中国語で発信。すでに現在、3万3000人以上のフォロワーを持ち、内容によっては300回近くもリツイートされている。自然豊かで美しい福島がこうしたきっかけで有名になってしまったのは悲しいことだが、「福島加油(がんばれ)!」「いつか福島に遊びに行くよ」といった大量の応援メッセージを見ていると、彼らが実際に観光客として福島を訪れ、復興の力になるのかもしれないという気さえしてくる。私もさっそく「微博」を開設し、フォロワーになった。
 個人による支援も本格化している。上海に赴任中の駐在員が立ち上げた「東日本大震災 上海会議〜上海から出来ることを考える」や、複数の女性グループで結成される「上海日本人女性ネットワーク」、被災地への気持ちを表すアウェアネスリボン「ミントリボン」、中国の日本語媒体で結成する「がんばれ東日本!プロジェクト」はすべて震災を機に誕生し、動きはじめている。また留学生は中国人学生と手を組むことで、日中の距離を縮めながらの支援方法を模索するなど、ここにきて上海では職業や年齢、国籍を越えた大きなつながりが生まれている。
 上海は約5万人の日本人が長期滞在し、世界で日本人居留者がもっとも多い都市だ。タクシー運転手への地道な説明や「微博」のリツイートは小さなことかもしれないが、一人ひとりが実行したとしたら大きな力になる。それは海外在住者にしかできない支援の形なのかもしれない。

プロフィール

上林 早苗(かんばやし さなえ)
1978年生まれ、奈良出身。
京都外国語大学中国語学科卒業。上海在住11年目。
中国人の夫と姑との3人暮らし。

前へ | 新着順一覧 | 次へ

この記事を知らせる

ブックマークする