ことばの純潔

ことばの純潔

 中国の新聞出版局が出版物の文字表現について通達を出したというニュースが12月21日に流れ、一部で物議を醸している。通達によると今後、中国語出版物のなかで英単語またはアルファベットによる略称などの外国語単語を安易に使うこと、中国語でも外国語でもない意味不明の造語をつくること、文法を無視して語順を逆にすることなど、中国語本来のルールに反する行為をすべて禁止するという。
 実は4月にも同類のニュースがあった。中国中央電視台(CCTV)に出されたその通達は今後、司会者が読み上げるニュースや記者のインタビュー、字幕のなかで外国語や「NBA」「GDP」「WTO」などアルファベットの略称を使用してはならない、というものだった。つまり、どれほど試合が白熱し、今にも得点が入りそうな時であっても選手紹介で「NBA」と言う場合、「美国職業籃球聯賽(アメリカプロバスケットボールリーグ)」と正式名称を完ぺきに言わなければならないというわけだ。通達は忠実に守られているようで、CCTVのアナウンサーと解説者が舌をもつれさせながらこの8文字を連呼するのを聞いて吹き出してしまったことがある。
 通達の理由はこれらが「健全で調和のとれた言語文化を破壊し、社会に好ましくない影響をもたらすため」だそうだが、ネット上で行なわれた「放送のなかで英文略称の使用を禁止したことについてどう思うか」という投票アンケートには5万人近くが参加し、「反対。世界と共に歩まなければ」が53.8パーセント、「賛成。中国語の純潔を守らなければ」が27.1パーセント、「どちらでもいい。耳になじみさえすれば」が19.1パーセントと、反対が過半数を占めるという結果だった。

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 「NBA」「GDP」「WTO」はすでに一般単語として浸透しているのだから、さすがに「今さら」と思う。むしろ「CEO」などは正式名称だとかえって何のことだかわからない人も出てくるだろう。ただし、ニュースコメント欄の「じゃあ今後、W-CDMAの3G携帯電話のことは広帯域符号分割多元接続の第三代移動通信技術携帯電話と言わなきゃ」というカキコミに対しては「長ったらしい。略称でいいよ」という意見と「中国語のほうがよっぽどわかりやすいじゃないか」という意見に反応が分かれており、どうやら単語によって賛否両論があるようだ。
 しかし、外来語の問題については私も前から引っかかっていたことがあった。たとえばいま若い女性に大人気の『瑞麗(RAY)』や『米娜(mina)』『昕薇(ViVi)』など日本発のファッション誌は、日本語版の翻訳記事が多いこともあり、紙面には限りなく日本語に近いタイトルやキャッチコピーが使われている。たとえば「超実用定番冬装大公開!」という特集タイトルであれば、単語は半分日本語化しており(純粋な中国語は「実用」「冬装」のみ)、文法にいたっては完全に日本語である(中国語の語順だと動詞は目的語の前)。言葉は時代とともに変化するというし、これを若い人が読んだからといって今日明日に日本語にのっとられるほど中国語はやわな言語ではないし、「中華製日本語」の本家本元である台湾や香港だって、まだそれほど深刻な事態にないはずだ(実は深刻なのかも)。それよりすでに浸透している外来語や造語をイチニのサンで公共の電波と出版物から抹殺せよというほうがよっぽど問題である。それなのに、今回のニュースを見てどこかホッとしているのは、中国語と日本語ができるだけ遠い関係であってほしい、と願っているからなのかもしれない。とくにそれぞれの国の詩を見ていると、似て非なる二つの言語の美しさが混じり合うことなんて考えられないし、近づけるのでさえもったいない、できれば永遠に他人であってほしい、と思う。英語はともかくとして日本語が中国語を侵食するのはどうも我慢ができないのである。私もたぶん保守的な「純潔派」なのかもしれない。
 ところで中国語の問題は問題として、近ごろ気がかりなのは母国語のほうの行方である。そちらはいかがですか?

プロフィール

上林 早苗(かんばやし さなえ)
1978年生まれ、奈良出身。
京都外国語大学中国語学科卒業。上海在住11年目。
中国人の夫と姑との3人暮らし。

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