65年目の夏

 日本にいると必ず気づくのに、中国にいるとうっかり過ぎてしまう日。恥ずかしながら、その一つが終戦記念日(中国では抗日戦争勝利記念日)である。さすがにネットニュースを毎日チェックするようになってからはそうしたことも少なくなったが、それまではよく8月も末ごろになってようやく思い出し(靖国参拝騒動があった小泉首相時代を除く)、しばらく自己嫌悪に陥ったものだった。「テレビをあまり見ないから」というのがいちおうその言い訳だったのだが、今年はたまたま数日前に金子光晴の反戦詩を読んだこともあり、当日は帰宅するなりテレビのスイッチをつけ、ニュース番組がはじまるのを待った。
 ところが、この日のヘッドラインは「全国追悼日」。この日は甘粛省舟曲で発生した土石流災害で亡くなった人びとを悼む日で、全中国で半旗が掲げられ、映画館などの娯楽施設がすべて営業停止となっていたのである。これ日本では真似できないだろうなあ、などと思いながら見ていると、「抗日戦争勝利記念日」関連のニュースに切り変わった。最初の話題は「日本の首相はじめ、全閣僚が靖国参拝せず」で、あっさり数十秒で終了。ところが、次が長かった。タイトルは「欧州の右翼政党党首らが靖国参拝」。これは東京で開かれた「愛国者の集い」に出席した欧州8カ国の右派政党幹部たちが14日昼、靖国神社を訪れたというニュースで、日本ではそれほどではなかったかもしれないが、こちらではテレビでもネットでも大々的に報道されていた。ニュースを読み終えると、アナウンサーが最近では珍しく「これは一部外国右翼分子による挑発行為であり……」といった論評を独特の強い口調で読みはじめる。これはつぶやき要チェックかと、さっそくニュースサイトにアクセスしてみると、あった。やはりコメントが続々と更新中だ。Yahoo!ニュースの「私もそう思う」に当たる「頂(ディン)」が多いコメントを上位5本まで挙げてみよう。

客を待つ自転車修理の人(紹興路)

 「きみには自由に参拝する権利がある。私には自由に批評する権利がある。民衆には自由に思考する権利がある」(1336票)
 「フランスはどうしようもない国さ。当時は欧州第一の大国だと自称していたのにヒトラーに2週間(筆者注:実際は2カ月)でのっとられちゃって」(939票)
 「欧州人め、中に祖先でも入ってるのだろうか?」(426票)
 「目を覚まさない頑固者たち。刀を手放せば成仏できると思っているのだろうか?」(292票)
 「で、何がいけないの?」(168票)
 フランス右翼政党「国民戦線」のルペン党首が今回訪れたこともあり、コメント中でフランスは集中砲火を浴びているが、ニュースの取り上げられ方に比べると、そうヒートアップはしていない。どうやらニュースは国民向けというより、当事国への牽制だったようだ。
 それにしても、小泉首相時代に比べると「靖国」を知らない中国の若者が減ってきた気がする。話題に上らないだけ知らない人が増え、「で、何がいけないの?」的なノリで、どんどん無関心になっていく。中国在住日本人としては靖国が話題に上ってほしいような、なってほしくないような、複雑な心境の8月15日だった。
 ちなみに先日読んだ金子光晴の詩『寂しさの歌』というのは昭和20年5月5日に書かれた長編詩である。そのうちの一節は、中国で日本の人に会うたびに私が感じていたものがきちんとした言葉になっていて、思わず何度も読み返した。


ああ、なにからなにまで、いやになるほどこまごまと、僕らは互いににていることか。
膚のいろから、眼つきから、人情から、潔癖から、
僕らの命がお互ひに僕らのものでない空無からも、なんと大きな寂しさがふきあげ、天までふきなびいていることか。


 さらに次の段落で金子光晴は「この寂しい精神のうぶすなたちが、戦争をもってきたんだ」と続けている。
 65年も前の詩である。あの戦争もこの詩が書かれた3カ月後に終わっている。しかし彼の言う「寂しさ」はいまだ私たちの体にこびりついたままのような気がして、恐ろしい。

プロフィール

上林 早苗(かんばやし さなえ)
1978年生まれ、奈良出身。
京都外国語大学中国語学科卒業。上海在住11年目。
中国人の夫と姑との3人暮らし。

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