ニュース裏のつぶやき

ニュース裏のつぶやき

vol.1

2010.05

 上海に暮らしはじめてそろそろ10年目になるが、朝パソコンをつけるとまず日本のYAHOOニュース、次に中国国営の「新浪網」のネットニュースを見る習慣は変わっていない。そもそも当初、YAHOOニュースは日本の話題から取り残されないようにとチェックしていた。しかし、ここ5、6年は中国関連情報の充実ぶりに驚かずにいられない。ヘッドラインに「中国」の文字を見ない日はなく、中国に暮らしているにもかかわらず、そこではじめて知る情報というのは驚くほど多い。むしろ中国地元の新聞をさらうだけでは知りえないことが日本のネットニュースで拾えたりするのである。もちろんそれは中国に支部を置く新聞社やテレビ局の方々の努力のたまものであり、その問題意識とそれを記事にするために味わっているだろう種々の苦労を思うと、頭が下がる思いである。
 しかし、中国情報が充実してくるにつれ、気になってきたものがある。ニュースの下部につくネットユーザーたちのコメントだ。紙媒体ではとうてい実現不可能なことだが、読者がニュース報道にリアルタイムで感想を書きこめるようになってからは、これを読むのが一つの楽しみになってしまった。
 そして、このコメントをとりわけ念入りにチェックしてしまうのが、中国関連のニュースだ。画面をスクロールしながら、「この人、いいトコ突いてるな」「日本人的感覚ならそうだよねえ」などと一人うなずいたり、「先入観とは恐ろしいものだな」などと眉をひそめたりし、ひと通り目を通す。そして「今日はこんなところか」と思ったところで、中国最大手メディアのニュースサイト「新浪網」へと飛ぶのである。

日中を結ぶフェリー「新鑑真」から見る夕日(東シナ海海上)

 そこでは日本と同じニュースが数多く流れている。たいていの場合は、表現の仕方が若干異なるものの、報道される事実にそう差はない。しかし、コメントの内容を突き合わせてみると、これが面白い。当たり前のことなのだが、日本は「外国」となり、中国を「わが国」と表現する。日本のサイトでおもしろおかしく報道されたニュースがここではまじめなニュースとして扱われ、敵扱いだった某国が「兄弟」になっている。「聖人」であるはずのダライラマは「人の顔をした獣」と称されて糾弾される。同じ一つのニュースなのに、である。
 どちらの国の読者が正しいということではないのだろう。おそらく、どちらも正しい。その国の人にとっては、それが一市民としての偽らざる「つぶやき」なのである。そして、そこには日本のニュースを読んだだけでは思いもつかなかった視点が隠され、自分の先入観を疑うきっかけが潜んでいる。こちらの「白」があちらの「黒」かもしれない。もしかしたら、別の国では黄色や赤なのかもしれない。そんなことを考えさせてくれるニュースのコメント欄には、報道内容とはまた異なる何かを知る重要なヒントがあるのではないかと思いはじめた。
 そうしたわけで、ニュースそのものは記者の方々にお任せするとして、この連載は「つぶやき」専門でいこうと思う。たとえば日中を騒がせたあの食品事件。そのニュースの裏で交わされている中国人民の会話とはどういうものなのか。たとえば上海万博テーマソングの盗作疑惑。そこではどんなため息がつかれているのか。たとえば世界の紛争やテロ。それらは中国人の目にはどう映っているのか。どんなニュースが日本のネットユーザーと意見が異なり、どんなニュースに同じ意見をもっているのか。ひたすら庶民の「つぶやき」に注目していきたい。
 ただ、この広い中国でネットユーザーと呼べるのはまだ一部である。おまけにコメント欄には内容をチェックする審査機能がついており、コメント欄に発表されている意見は中国13億人を代弁しているものとは残念ながら言えない。ただ、限られた条件のなか吐き出されたつぶやきには、ヘッドニュースからは見えてこないもう一つの中国が潜んでいるような気がする。

プロフィール

上林 早苗(かんばやし さなえ)
1978年生まれ、奈良出身。
京都外国語大学中国語学科卒業。上海在住11年目。
中国人の夫と姑との3人暮らし。

<前へ | 新着順一覧 | 次へ

この記事を知らせる

ブックマークする