写真家マイケル・ケンナ氏インタビュー

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雪・光・幹と枝だけの樹木――書のような景色が北海道にあった

写真家マイケル・ケンナ氏インタビュー

 マイケル・ケンナ氏の作品を見ていると、見慣れているはずの北海道の風景が、まるで知らない土地のように感じられる。幻想的で静寂に満ちたモノクロームの作品から、見る側に伝わってくる何か――。彼の目に北海道はどのように映っているのだろうか。写真展で札幌を訪れたマイケル・ケンナ氏にお話を伺った。

通訳/RAM 石渡真弥 取材・文/杉本真沙彌 協力/吉田亜希

  ―はじめて北海道に来て撮影したときのことを憶えていますか。

 日本で風景を撮りはじめたのが2001年で、はじめて北海道に来たのは2002年の春だったと思います。雪の中で撮影したのは2002年の冬でした。まず釧路に行って、屈斜路湖のホテルをベースにしました。朝、車に乗って出かけて、トラブルに見舞われたり、すばらしいものを見つけたけれど、びしょぬれになって寒い思いをしたり……。雪の中でどうやって写真を撮ればいいのかまったく分かっていませんでした。2004年からはロケーションコーディネーターのツヨシ(加藤剛さん)の案内で撮影範囲を広くしていきました。それからは毎年撮っています。

 ―マイケルさんが愛着を抱いていることで知られる“屈斜路湖畔の樹”との出会いはいつですか。またこの樹との出会いは、北海道を撮影する大きな要素になりましたか。

 屈斜路湖畔の樹との出会いは2002年です。朝、湖の周りを車で走っていて見つけました。あの樹の存在によって、自分と北海道の結びつきが強まりました。

 ―樹はマイケルさんにとって特別なものですか。

 樹は口答えしませんからね。写真を毎回撮っても決して文句を言いません(笑)。樹は元々好きでした。子どものころ、森で長い時間を過ごしていて、私も兄弟もそこにお気に入りの樹がありました。いつもありますよ。

 ―北海道を撮りつづけて8年。北海道に何か変化は感じられますか。

 私の写真集「Hokkaido」が2006年に出版され、世界中で紹介されました。そのためか、撮影に来る写真家の数が増えたかなという気がします(笑)。北海道はそんなに変わってないですよ。でもそれが北海道のすばらしいところのひとつでしょう。あまり変化していないところ、とくに自然の風景が。雪景色は太古から変わっていないという感じがします。

 ―自然の風景と人が作ったもののやりとりの間に魅力に感じる。そこに作品が生まれる、ということを本にお書きになっていますね。

 私が撮る被写体には個人的な結びつきがあり、それは人によって違います。私にとっては野生の大自然はあまりによそよそしく、とくに結びつきは感じません。グランドキャニオンとかイエローストーンとかヨセミテ国立公園とかそういった雄大な自然、また北海道の高い山々もそうですが、それらを被写体にすることは、広大な自然の小さなスナップ写真を撮っているだけだという気がします。でも、自分と同じくらいのスケールの自然や、人の気配があるものには自分の中の想像力が働き、親密さを感じます。樹もそう、親密な対話があります。

 ―北海道の自然は、俳句のようだとか墨絵的であるとおっしゃっていますが、このような作風に影響を与えたものは。

 もともとシンプルでミニマリズムという作風をこころがけていました。北海道にはとても美しいミニマルな自然があります。まったく2次元の世界です。光のせいでもあるし、雪のせいでもあるし、葉が落ちて黒い幹と枝だけになった樹は本当に書道の漢字のようです。ある意味、「自分の撮りたいイメージにぴったりくるものを探したい」という私の考えとは反対に、まさにそこに答えがあったというような感じです。

 ―冬の北海道は好きですか。

 大好きです。北海道は極端ですね。冬は極度に厳しい、だからすばらしい。夏はそれほどでもありません。北海道だけではありませんが、基本的に夏には写真を撮りません。緑がいっぱい茂っているとか青い空とかは、それほど好きではありません。自然が服を着ているみたいで、服の下に隠れている骨格や身体ほど面白くありません。身体の写真を撮っている時は身体の線や肌が見えるので、服を着ていないときの方がずっと面白いでしょう。お天気のときも撮りません。私にとって良い日というのは、曇りか、霧が出ているか、雨が降っている日なので。冬に撮影して、夏は暗室にこもって写真を焼いています。

 ―撮影のため自然のなかに入っていくとき、セレモニーのようなことはしますか。

 ホットミルクティーを飲みます(笑)。それは冗談ですけど、とくにありません。

 ―北海道またはそれ以外の土地で、次のプランやプロジェクトの予定はありますか。

 北海道のプロジェクトだけではなく、それと平行して中国でも撮っています。世界中に継続中のプロジェクトを抱えています。興味と魅力を持ちつづける限り北海道でも撮りつづけたいと思っていますが、これといった目標が北海道であるわけではありません。
 発見の旅をつづけたいと思いますが、馴染みの場所には古い友人に会いに行くように、また戻りたいと思っています。その場所で写真的に新しいことが達成できなくてもかまいません。関係をつづけること、それがプロセスの一部であり、旅の一部であり、人生の一部でもありますから。

 ―世界中にいる古い友人を訪ねて、撮っているということなのですね。

 そうです。

マイケル・ケンナ Michael Kenna氏近影

●PROFILE
マイケル・ケンナ Michael Kenna

1953年イングランド西北部の工業地帯ランカシャー、ウィドネスに生まれる。
はじめは神父になるため地元の神学校に進むが、外界への興味と生活の必要性から美術教育を受けることを決め、バンベリー・スクール・オブ・アートに入学、卒業後の73年から76年まではロンドン・カレッジ・オブ・プリンティングで商業写真を学ぶ。76年に高等国家免状を取得。翌年よりサンフランシスコに拠点を移し写真家としての活動を開始。
光と大気の微妙な変化を焼きつける彼の作風は、時に現実を離れた異次元空間を思わせ、クラシカルでロマンティックな叙情に満ちた作品として、世界中の人々から高い評価を得ており、その作品は世界中の70以上の美術館に所蔵されている。2000年にはフランス政府より芸術文化勲章シェヴァリエ受章。現在は米シアトル在住。
写真集は「Twenty Year Retrospective, 1991」「TheRouge,1995」「Le Notre's Gardens, 1997」「Impossible to Forget - The Nazi Camps 50 Years After, 2001」「Calais Lace, 2003」「Japan. 2003」「RatcliffePower Station, 2004」「Retrospective Two, 2004」「Hokkaido,2006」「Mont St. Michel,2007」など現在までに30冊以上が出版されている。
http://www.michaelkenna.net

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